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山形地方裁判所 昭和24年(ヨ)21号 決定

申請人

土屋保男

外一名

被申請人

株式会社山形新聞社

被申請人

全日本新聞労働組合山形新聞支部

右代表者

支部委員長

主文

本件仮処分申請は之を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

申請の趣旨

被申請会社が申請人両名に対してなした解雇処分並びに被申請組合支部が申請人両名に対してなした除名処分の各効力は本案訴訟の確定に至るまで之を停止する。との仮処分命令を求める。

事実

申請の理由

(一)  被申請会社は山形市に本店を有し、日刊新聞「山形新聞」の発行等の業務を営むものである。被申請組合支部は被申請会社の従業員を以て組織する労働組合であり、申請人等はいづれも、被申請会社の従業員、被申請組合支部の組合員たりしものである。

(二)  偶々昭和二十四年二月被申請会社社会部長田中邦太郎、同会社政経部員松塚尚友等が作業衣の闇事件の嫌疑で山形地方検察庁に書類送検せられたが、その後、同年三月二十六日、日本共産党村山地区委員会執筆の「アカハタ壁新聞」が右問題を採上げ山形市の目貫の場所に

「山形新聞の腐敗バクロ」

「田中社会部長のヤミ。市民のダニ松塚記者と共謀」

「公正な新聞をつくれ。市民に高まる糾弾の声」

等の見出しの下に、事件の内容を報道する詳細な記事が現れた申請人両名は、世人のひんしゆくを買い乍らも社内で不問に附されている右事件を、被申請組合員に周知させるため、且つ又不幸にして右の如き事実ありとせば社内の粛正を計るため、昭和二十四年三月二十八日当時被申請人その他の日本共産党山新(山形新聞)細胞が被申請組合支部内で発行していた機関紙「りんてんき」第二号にアカハタ壁新聞の右記事を転載し、之を被申請組合支部員等に配布した。

(三)  被申請会社及同組合支部は右事実を予ねて快よからず思つていたのであるが、同年四月四日、申請人土屋保男の病気欠勤を奇貨として、被申請組合支部臨時大会が開催せられ、その席上、「前記田中、松塚事件の公表は社内細胞の通謀によるものであるから、爾今社内細胞活動を禁止せよ。」という被申請会社業務局勤務の被申請組合支部員の決議と、之と殆ど同一理由に基き、社内共産党主脳者を排斥する旨の被申請会社支局長会(支局長は組合員)の決議が提案された。

而して、大会は多数決を以て、被申請人両名は組合の統制を紊し、組合並びに社名を傷けたものという御用組合的理由によりこれを除名することを決議し、尚附帯条項として、両名に一ケ月の猶余期間を与え、右期間内に申請人等が自発的に退職しないときは、右除名は昭和二十四年五月四日を以て自動的に効力を発する旨を決議した。

而して、申請人等は右期間内に自動的に退職しなかつたので、被申請組合支部は申請人両名の除名を主張して現在に至つている。

(四)  一方被申請会社は被申請組合支部と歩調を合せ、前記除名決議が自動的に効力を生ずることとなつていた五月四日頃より、申請人両名に対する懲戒解雇の件を同会社取締役等及び被申請組合支部員を以て構成する経営協議会に提出し、

(1)  申請人両名中土屋は細胞機関紙「りんてんき」の署名人なること、武田は土屋に次いで、細胞内で重要の立場を占め、活発な細胞活動をして居り、且つ右「りんてんき」第二号の執筆者と考えられること。

(2)  更に申請人武田については

(イ)  反税闘争の記事を持込んだことが「プレスコード」違反になる「おそれ」があり、編集権を侵害する「おそれ」がある。

(ロ)  昭和二十三年政令第二〇一号事件の容疑者に資金カンパをなし、同時にこれ等の者を隠匿幇助したこと。

(3)  山形新聞の不買同盟をしたこと。

等の事実を挙げ、社規により処分すると主張し、之を一方的に強行し、申請人両名を同年五月十二日附社告を以て懲戒解雇したが、右処置は労働基準法違反で効力のないことを知り、同月二十三日右社告を取消し、改めて同日附社告を以て、両人を懲戒解雇に附したものである。

(五)  以上の被申請会社並に同組合支部の処置は被申請人等に於て秘かに、その幹部間に談合通謀を為した疑があり、且つ会社の解雇理由は申請人等の正当な行為を排撃し、具体的事実の裏付けもなく又一片の想像並に虚偽の事実を羅列したに過ぎぬものであつて、実質的にみて法律上解雇の正当の理由とはならぬものである。被申請人会社は、社規によつて処分したと称しているけれども、右は主務官庁に当然届出るべき就業規則によらない旧い社規であるから、無効であり、従つて解雇も亦無効である。

又被申請組合支部は、叙上の如く驚くべき御用組合であつて、本件除名処分も会社側の意を受け乃至は之に迎合して為されたと認めるべき点が多く存在するのであつて、斯る自主性を欠いた除名は労働組合法労働関係調整法の精神にもどり、当然無効のものと言わなければならない。従つて、実質的には組合除名に基いて為された会社の解雇も亦当然無効である。

尚又申請人両名は昭和二十三年八月二十五日全日本新聞労働組合に個人加入したものであるので、同組合規則第百十七条により、右除名決議後、同組合中央執行委員会に対し、本件除名無効を提訴し、その結果、右中央執行委員会より被申請組合支部に対し、除名実施延期方を要請中のものであるから、本件除名決議はその効力を発しないものである。

(六)  以上の如き次第であるから、申請人等は被申請人等に対しそれぞれ解雇無効確認並に除名決議無効確認の訴訟を提起しようと目下その準備中であるが、本案訴訟の判決確定を待つときは、申請人等両名はいづれも回復すべからざる財産的並に精神的打撃を蒙るので、茲に申請の趣旨記載の如き仮処分命令を求める次第である。

被申請人等の答弁及び主張

被申請人等は、本件仮処分申請を却下する、旨の裁判を求め、その答弁及び主張は左の通りである。

(一)  申請人等の申請理由中第一項は認める。

第二項中、田中邦太郎、松塚尚友が送検せられ、アカハタ壁新聞が申請人等主張の如き記事を掲載したことは認める。又機関紙「りんてんき」が申請人等の主張する如きものであること右「りんてんき」第二号が右アカハタ壁新聞に掲載された記事を取扱つたことを認める。但し、それが転載であること、及び右転載の目的の点は否認する。

第三項中、昭和二十四年四月四日に被申請組合支部の臨時大会が開催せられ、申請人等主張の如き決議が提案せられ、その結果申請人等両名の除名を可決し、申請人等主張の如き附帯条項が可決せられたこと。申請人等が一箇月の猶予期間内に退職せず、被申請人組合支部は申請人両名の除名を主張していること、はいづれも認めるが、その他は否認する。

第四項については、被申請会社が申請人両名の懲戒解雇の件を経営協議会に附議し、申請人両名を昭和二十四年五月十二日附社告を以て一旦解雇したがその後同月二十三日附社告を以て之を取消し、且つ同日附を以て、改めて両名を解雇したことは認める。申請人主張の解雇理由は「武田は土屋に次ぐ細胞内で重要の立場を占め活発な細胞活動をして居り云々」を除き、全部之を認める。その他の点は否認する。

第五項は否認する。

(二)(1)  被申請人組合支部が申請人両名を除名したのは要するに「りんてんき」第二号に係るものであり、申請人土屋保男についてはその発行署名人として、申請人武田信太郎については右「りんてんき」第二号に於て土屋に次ぐ重要な役割を果した責任によるものである。アカハタ壁新聞は共産党村山地区委員会で掲載しているものであるが、申請人両名は昭和二十四年三月二十八日の右アカハタ壁新聞の記事掲載につき多分に通謀等の関係あるものと信じている。又申請人等は「りんてんき」第二号の記事は右アカハタ壁新聞より転載したにすぎないと主張しているが、実は壁新聞と同一事実を扱つているが、その扱いぶりは更にアヂ的に誇張報道したものである。

而して、申請人等は社内粛正の美名にかくれて社内の攪乱組合の分裂を企図したものと断ずるより外はない。被申請組合支部員一同が右申請人等の所為に憤激した理由は、未だ送検されたのみで真相の黒白つかぬ矢先に、先にアカハタ壁新聞に煽動的記事が掲載されたばかりのところに、今又、社内の組合員たる申請人等が更に誇張した記事を「りんてんき」に掲載頒布し、社員乃至組合員の同志愛よりして、之を粛正せんとする立場を離れ、専ら、之を細胞活動の資に供しようとした点にある。申請人等の企図が右の如くであることは、同じく田中、松塚らと同一事件関係者として、送検された渡辺吉治(被申請会社文選課長にして共産党員)に関しては、アカハタ壁新聞は勿論右「りんてんき」第二号にはその氏名すらも現われていないことより洵に明かである。

若し、申請人等が社内粛正を叫ぶなら、何故事前に労働組合たる被申請組合支部に諮らぬのであろうか、又申請人等に愛社心があり、又組合を立てる気持があるならアカハタ壁新聞に組合員の前記記事が現われた際に同じく共産党員として何故にその取消方の請求をしなかつたのであろうか、同じく「りんてんき」第二号を発行するについても何故党員丈は特に氏名を出さなかつたのであろうか、これらの疑問こそが被申請組合支部員をひとしく憤激せしめた要因であり、申請人両名を除名するに至つた実質的理由である。

(2)  申請人等は被申請組合支部を御用組合なりと非難しているが、当組合こそ自主的見地に立つて行動しているものであり、右は全く無根の非難にすぎない。

(3)  申請人等は除名決議の行われた臨時大会は申請人土屋保男の病気欠勤中を奇貨として行われた、と主張しているが、昭和二十四年四月四日に組合臨時大会を開催した理由は、同月六日に東京都に招集せられていた全新聞労働組合定時大会に被申請組合支部から派遣すべき代議員三名を選衡する急迫の要件に迫られていたためであり、当時被申請組合支部委員長であつた申請人土屋保男は欠勤中であつたが、特に被申請組合支部書記長須賀井清介が右土屋方を訪問し、その諒解の下に開会し又土屋本人も当日その席に議長として出席したものであるから、右非難は当らない。

(4)  又右大会の除名決議は申請人主張の決議を上程した結果可決となつたものであるが、

(イ)  「この度惹起せる問題(「りんてんき」第二号を中心とする社内細胞活動の問題)はその責任者を除名するに値するか、どうか」について先づ無記名投票により採決し、その結果

除名 八七票

否 四六票

保留 四票

総数 一三八票

無効 一票

有効投票 一三六票

となつて「除名に値する」と可決し、

(ロ)  次いで「土屋、武田両君を責任者と認めるかどうか」について、無記名投票により採決した結果

認める 九三票

否 三九票

保留 四票

投票総数 一三六票

となつて遂に申請人両名を除名するに至つたもので、右除名については申請人主張と同趣旨の附帯条項がつけられた次第である。

而して、右大会は、四月四日午後七時から徹宵、慎重審議続行せられたものである。

(三)  次に被申請会社が申請人両名を解雇するに至つた経緯は左の通りである。

(1)  即ち前記の如くアカハタ壁新聞の記事が掲載せられるや、山新従業員一般は故意に従業員の一部及び会社を誹謗し、その攪乱を企図するものであるとなし、且右記事掲載は共産党山新細胞メンバーの一部の通謀により実現せられたものであるとの見解を持し、同細胞メンバーに対する憤激は異常なものがあつた斯る異常な情勢下に於て突如「りんてんき」第二号の頒布があつたので「りんてんき」責任者に対する従業員一般の憤激はその頂点に達したものの如くであつた。

(2)  次いで、四月二日業務局従業員一同は会議を開いた結果「りんてんき」問題に関して決議をなし、その決議文を被申請会社に手交した。右決議文の骨子は

(イ)  田中、松塚両氏については事件が法の解決あり次第速かに厳正なる処置をとられたい。

(ロ)  「りんてんき」の発表記事をみるに、社内共産党細胞は未だ事の真否も決定せざるに、外部政党団体に通謀したものと推定され、社員の同志愛を裏切り、社の名誉を傷つけ、混乱に誘導し、遂には社員の生活を危くするものである、よつて我等一同はかかる行為を排撃すると共に今後の絶滅を切願し社内細胞活動に対しては断乎たる信念を以つて一掃に邁進せられたい。

という趣旨である。

被申請会社は、之に対し、慎重調査の上、追つて何分の回答をなすべき旨を約した。

(3)  四月四日に臨時大会が開催せられ、その決議の概況は前段記載の通りである。尚同日被申請会社は壁新聞で問題となつた田中、松塚及び右両名と共に送検せられた渡辺吉治の三名に対する待命謹慎処分を被申請組合支部た通告し、社内に之を掲示した。

(4)  四月五日被申請会社支局長会は会社に対し四月四日附決議文を手交して来た、同決議は四月四日の臨時大会前になされ被申請組合支部の四月四日の臨時大会で上程されたものであるが、会社側は全員退社して了つていたので、翌四月五日に手交されたものである。而してその内容は

(イ)  田中、松塚、渡辺三者については事件が法の解決があり次第、速かに厳正なる処置をとられたい。

(ロ)  前段記載業務局の決議と全く同様の理由により「りんてんき」第二号頒布の如き行為を排撃すると共に、今後の絶滅を計るため、社内共産党細胞主脳者を断乎排撃せられんことを要望する。

という趣旨のものであつた。

(5)  四月六日、被申請組合支部の大会議長樋口与四郎は被申請会社に対し、文書を以て、大会に於て被申請人両名を除名処分に附した旨、尚、右処分は一ケ月の猶予期間満了と同時に発効するものなる旨を通告して来た。之に対し、被申請会社は組合の票決は飽迄之を尊重し善処すべき旨を回答した。

(6)  被申請会社は組合支部より右除名の通告を受け、之に対し、組合の票決は飽迄尊重し、善処すべき旨を回答した以上、勿論会社としてもこの問題に対し態度を決定せざるを得ない立場に置かれるに至つた。然し除名の発効には尚一ケ月の猶予期間があるのであるから、その間申請人両名及び被申請組合支部の動静を注視すると共に除名処分発効の場合を考慮し、会社としての処置を凡ゆる角度より検討することとした。

(7)  右検討の結果、申請人両名の除名が発効するに於ては、会社は団体協約の精神に鑑み、到底之を無視し得ざるに至るべく勢い両名解職の止むなきに至るべきことを予想したのであるが、会社独自の人事権に基き、両名従来の本社従業員としての行為を慎重調査した結果、本社は両名につき、左の事実をとりあげるに至つた。

(a)  申請人土屋保男関係。

「りんてんき」第二号の署名人として同問題に関する最高責任者であること。

(b)  申請人武田信太郎関係。

(イ) 「りんてんき」第二号発行につき事実上の執筆者と目され同問題に関する土屋に次ぐ責任者であること。

(ロ) 昭和二十四年三月十七日プレスコード違反問題を惹起すべき記事を作成し、之を本紙に掲載せんとしたこと。

(ハ) 昭和二十三年八月、政令第二〇一号違反事件の容疑者を秘かに社内に導き入れ、同人等に対し資金カンパをなしたこと。

(ニ) 昭和二十四年四月七日電産山形分会に対し、暗に山形新聞不買同盟の結成を従慂したこと。

扨て、その各項を検討した結果、右(a)及び(b)の(イ)は本質的に組合活動にあらざること勿論であり、明かに本社の秩序を紊乱し会社の体面を汚損する行為であり、社規第四十一条第三号に該当するものである。

(b)の(ロ)は明かに最高命令に基く社の不文律に違反するものであり、社規第四十一条第一号に該当するものである。

(ハ)は明かに会社の体面を汚損する所為であり、社規第四十一条第三号に違反するものである。

(ニ)は明かに会社に対する不正行為であり、社規第四十一条第二号に該当するものである。

との判定が下されるに至つた。

然るに、申請人両名は除名猶予期間たる一ケ月を経過する五月四日に至るも、何等自発的処置に出でず、除名は発効をみるに至つたため、被申請会社は右五月四日重役会を開き、両名に対する前記事実と之に対する右判定に基き、その処分につき慎重審議した結果、両名を前記社規違反の理由により、社規第四十二条所定の懲戒解職に処すべき旨議決せられるに至つた。

(8)  扨て右処分の実施手続であるが、

団体協約第四条には、「山形新聞社は従業員の雇傭、解雇、異動その他人事に関しては、予め山形新聞支部の同意を求めること。」との規定があり、又社規第四十三条には「但し第二号(減俸)、第三号(解職)の懲戒については、別に公正な審査機関を設け、その意見を参酌して社長之を行う。」との規定があるので被申請会社は先ず五月四日経営協議会を開き、同協議会を以て社規第四十三条但書所定の「公正なる審査機関」と看做すべきことを附議したところ、組合側にも何等異存なく之を承認したので、申請人両名に対する懲戒解職の件につき会社独自の前記理由の承認方を同協議会に提案したのであつた。

然るに、組合側委員は、右経営協議会の席上、事重大につき特に最高機関たる組合支部大会に諮つた上、何分の回答をするから、暫く猶予せられたいと、申出たので、会社側も之を諒承した。

仄聞するところによれば、組合側は直ちに、数名の調査委員を挙げ、申請人に対する前記解職理由を調査していたが、間もなく右調査員は被申請会社に対しても調査を実施した。

(9)  五月十一日、被申請組合支部は右会社の解職理由を承認するか否かの件につき、臨時大会を開催し、翌十二日払暁に及んだものの如くであつたが、五月十二日午後二時組合側経営協議会委員より、文書を以て、被申請会社に対し、前記解職理由を組合は全面的に承認する旨の回答を通告した。

(10)  その後、申請人両名に対する前記処分の発令につき、労働基準監督署方面に対する手続上の齟齬もあつたが、結局一切の手続を完了し、五月二十三日申請人両名に対する解職を発令発効せしめるに至つた次第である。

申請人解雇の経緯は以上の如くであつて、申請人に対する処分は組合活動をなしたが故に非ざることは勿論であり、又単なる政治活動をなしたが為ではない。

被申請会社の理由とするところは、申請人両名が被申請人組合支部に於て除名処分をせられたという重大事態を惹起し、同組合支部より被申請会社に対し、除名決議につき善処方を要望するに至つたことを深く考慮すると共に、両名に前述の如き到底黙過し難い社規違反の事実があつたがために外ならない。

且又、被申請会社は解職手続についても何等違法の点がないことを確信するものである。

理由

(一)  申請人等は被申請組合支部が申請人両名を除名するに至つたのは被申請会社の策謀によるものであり、被申請組合支部は被申請会社の意図に迎合し、その自主的意思に基かずして、昭和二十四年四月四日の臨時大会で除名案を可決した。つまり被申請組合支部は被申請会社の御用組合であるから、右除名決議は当然無効である旨主張しているので此の点につき判断するに、成程後記認定のように被申請組合支部は申請人両名に対し「りんてんき」第二号についての責任を追及した結果除名決議を可決し、被申請会社も亦両名に対し右「りんてんき」第二号の責任(その他の責任も採り上げているが)を追及して両名を解雇処分に附し、又被申請組合支部が、被申請会社より申請人両名の解雇につき、第三回臨時大会に於て会社側の解雇理由を全面的に承認した事実等に徴すると、会社と組合とは本件に関し歩調を合せていることは、申請人主張の通りである。

然し乍ら、問題は四月四日臨時大会に於て除名決議をなすに当り、会社側に於て事前に又は開会中、特に被申請組合支部員を買収乃至は威嚇する等の方法により、除名決議又は之に類似する処置をとるように策動したか否か、或は又被申請組合支部員が特に会社側の意を迎えんとする等組合員として不純な志向の下に右決議をなすに至つたものか否かの点である。

然るに、これらの点に関しては、之を首肯し得るに足る丈の疏明資料がなく、又申請人両名に対する審訊の結果に徴しても、その疏明を得られない。のみならず、当事者双方提出に係る第二回臨時支部大会議事録、第五十三回経営協議会議事録、第三回臨時支部大会議事録並びに被申請組合支部書記長須賀井清介審訊の結果によれば、四月四日の臨時支部大会に於て、組合員は十分熱心に、時には相当昂奮して何ら制肘をうけることなく全く自主的に且つ民主的に討論した光景が髣髴として認められる。又被申請組合支部の組合員総数は百六十八名であるところ、開会当初は百十七名が出席したことになり、除名案採決の結果は被申請人主張の通りと認められる。これらの事実に徴するときは、本件除名決議は申請人等の主張とは反対に全く自主的且つ民主的に行われたものと認めるを相当とする。従て申請人らの此の点に関する非難は排斥を免れない。

(二)  次に除名理由の点に判断を進める。

申請人等提出の昭和二十四年五月十五日附山形新聞(第一面下欄声明書の項)と被申請人等提出の被申請組合支部規約によれば、被申請組合支部が前記大会に於て申請人両名を除名した根拠は同規約第七条に依拠し、申請人等について同条記載の「……統制を紊し支部の名誉を毀損し……」の文言に該当する事由あり、と認定したがためであると認められる。

而して、当事者双方提出の団体協約書第二、第三項によれば組合員という資格を失えば、特別の事情がないかぎりは、原則として、会社退職という結果を当然招来することとなる次第であるから、組合員の懲罰中除名決議は最も慎重に行わねばならぬものというべきである。而して、団体協約中に組合脱退即会社退職という原則をとり乍ら、しかも、支部規約に於て、支部大会が決議により組合員を除名することを認めていることに徴すれば、責任者が如何なる行為をしたかという点即ち被疑事実についての認定権、右認定事実が懲罰条項の規範的文言に該当するか否かという規約の解釈権、及び除名という罰則の選択権はあげて右支部大会に専属する権限と謂わねばならない。

而して、労働組合は勤労者の経済的地位の向上を計ることをその主要目的とするのであるが、その自主的民主的独立性が特に強く要望されること、組合員の懲罰という問題はその自主的民主的独立的性格を持つ組合の内部的な自己統制の問題であること、更に又、組合が制裁を決定するには多数者の意思のあるところを正当とする多数決制度によつていること等に深く考慮を致すならば、正当な手続に従つてなされた懲罰決議は、特別の事情がない限り、即ち右決議が法の強行規定に違反する場合、当該組合が御用組合化して自主的性格を失つているため決議自体が組合の自主的な意思と認められぬ場合、乃至は組合が懲罰権を故意に濫用した場合を除いては有効なものと認めなければならない。

以上の観点に立脚して、本件除名決議の効力如何を考えるに、四月四日の臨時支部大会の招集、議事進行その他除名に至る手続的経過が正しかつたことは当事者間に争なく、(申請人土屋が右大会に出席していたことは議事録に徴して明かである。)その除名決議の票決が被申請人等主張の通りであることは前認定の通りである。

加之、被申請人等が除名理由として主張している事実は、申請人等が問題となつたアカハタ壁新聞の掲載記事につき通謀した点を除きその他の点は当事者双方提出の「りんてんき」第二号前掲第二回臨時支部大会議事録、その他被申請人等提出の疏明資料及び被申請人等の関係人審訊の結果に徴し、一応の疏明があつたものと認める。而して本件除名決議が自主的に(御用組合的にでなく)なされたことは、冒頭認定の通りであり、全疏明資料に徴するも、被申請組合支部大会が大会固有の懲戒権を濫用したもの乃至は本件懲戒が法の強行規定に違反するとは到底認め難いので、本件除名決議を無効とする申請人等の主張は排斥を免れない。

尚、申請人等は被申請組合支部が除名決議をしても申請人等は右決議を不当として、被申請組合本部に対し本部規約第百十七条に従つて、提訴しているから、本訴除名決議は効力を発しない旨主張しているが、同規約によるも、右提訴中の除名決議についての効力については明文がなく、且又、被申請組合支部は山形新聞社従業員を以て構成する一個の独立的労働組合であり、所謂本部というものは、被申請組合支部員が個人加入している同種業態の綜合的労働組合であるという関係に鑑み、本部に提訴中と雖も支部の本件除名決議はその効力を発し且つ之を持続するものと認めるを相当とするので、申請人等の此の点の主張は排斥する。

(三)  次に被申請会社の申請人に対する解雇の効力につき判断するに、被申請会社が解雇処分をなすに至つた経緯並に解雇処分実施の点が被申請会社主張の通りであることは上来認定事実と被申請人等提出の疏明資料(疏乙第一乃至二十号証)並びに被申請会社関係者審訊の結果に徴しその疏明があつたものと認める。

而して右認定事実によれば、被申請会社が申請人両名を解雇処分に附したのは、被申請組合支部が申請人両名を除名した旨の通告に接し、前記団体協約に於ける、組合除名退職の原則上、会社側としても何らかの措置に出づる必要に迫られたことが本件解雇処分の端緒となり、一方会社側に於て調査の結果、被申請組合支部臨時大会(四月四日)が採り上げた前記責任問題を確認した外、申請人武田信太郎については、更に被申請会社主張の三事実を確認し、組合側の意向を十分尊重すると共に、会社としても、これらの責任事実は解雇に値するものと決定したものと認めるを相当とする。

而して又、冒頭認定の通り、会社側に於て特に、組合に策動したとか之を買収乃至威嚇したなどという不法の点は認められないのみならず、会社側としても、申請人等の思想活動乃至政治運動を抑制するため、又は申請人等の組合活動を封ずるために、本件解雇処分をなすに至つたものとは全く認め難いので、被申請会社の解雇は、実質的にも不法不当の点はないものと判断する。

而して、その手続の点について、申請人等は被申請会社の社規は主務官庁に届出でた就業規則ではないから無効であり、従つて本件解雇も亦無効であると主張して居り、会社側関係者審訊の結果によれば、解雇処分当時は社規は届出未済であつたことは認められるけれ共、無届乃至届出未了の就業規則は刑事上の責任は別論として、之を無効にすべきではないのみならず、会社はその経営権の一部として人事権を有することは理論上当然であり団体協約にも、その第四項に、「山形新聞社は従業員の雇傭、解雇異動その他人事に関しては、予め山形新聞支部の同意を求めること」と明記し、その解釈上、会社が解雇すべき実質的理由のあるときは、組合側の同意を求めた上、解雇出来ることになつて居り、而して、前認定の如く、被申請会社は会社の解雇理由につき、経営協議会に附議し、組合側は更に、昭和二十四年五月十一日、十二日の両日に亘る臨時支部大会に於てその解雇理由の有無、当否につき十分検討の結果、右解雇理由を全面的に之を承認可決し、その旨を会社に通告しているのであるから、被申請会社の手続は団体協約の定めるところを遵守したものと認めうるし、又労働関係諸立法の精神にも十分合致するものと認めるに足りるから、申請人等のこの点に関する主張は排斥を免れない。

(四)  以上認定の如く、本件除名並びに解雇処分には申請人主張の如き瑕疵がないものと認めるので、爾余の点は判断する迄もなく、申請人等の本件仮処分申請は理由がないものと認めて、之を却下し、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り決定した次第である。

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